田地区

歴 史
木田地区の開発は古く、弥生時代には集落が営まれていた。
   (木田町で発掘された木田遺跡や出土遺物により確認)
豊かな水田地帯として整備されていた。

中世になると木田庄といわれ奈良興福寺領の荘園であった。
明治以後も木田地区は殆どが農村的景観のまま推移した。、

都市的施設としては大正5年福井刑務所が最初で、大正14年には福武電気鉄道が開通。昭和に入ってから市街地が拡大してきた。

この市街地拡大に大きな役割を果たしたのが、昭和5年に架設された銭とり橋(木田橋)であり、これにより福井市の中心部と直接結びつくようになった。

昭和10年頃には現在の木田小学校以北足羽川にかけての地区が、区画整理され昭和11年10月木田村は福井市に合併現在の木田地区となる。

豊かな水田地帯として発展してきた当地区も平成11年~12年の
年間で減少した田畑は1、94b aと市街地の拡大が進んでいる
地名

由来
木田は古来、足羽川のはんらんによって田地が深く、農作業時には足が泥中に沈まないよう水田に木を田の字型に並べ、その上に乗って仕事をした事によって、「木田」・・・という地名になったといわれいます。